趣味のこととか
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21:14:56
 10月に入院している間に思ったこと。

 結構重病人のフロアにぶち込まれたこと
 臨終ラッシュを目の当たりにしたこと。

 痛感したことは,健康が大切ということだけではなかった。
 
 「自分の人生の終わり方」ですな。
 
 親には申し訳無いが,こちらが産んでと頼んだわけではない。
 そして死にたくなくてもいつかは死ぬ。
 生まれる日も死ぬ日も自分で選択できないのだ。
 
 人生とは自分がこの世界に物理的に存在することを指すと考える。

 自分が創作する音を聴いた人が

 「宗教音楽ばかりを聴いていますね」

 と,コメントした。自分は音を聴いているのだ。
 決して宗教にかぶれているわけではない。
 はっきり言えば大嫌いだ。

 宗教曲を聴いて 
 「和声的に心が洗われる」
 「作曲者の狙った落とし所に聴き手が落ちたな」
 などと分析しているに過ぎない。
 
 
 今は自分の葬式を自分でプロデュースする時代なのだ。
 いつかは来る日のために・・・ぼんやりとは考えていたけれど
 意識するようになった。

 「家」の跡取りとは・・・墓を守ることにあるらしい。
 自分は震災後自分の家の墓石が倒れるのを見ている。
 早急に直してもらったのだが・・・未だに直さず放置している家もある。

 手入れができない以上持つべきではないと思っている。
 仕事もかび臭いが家のこともかび臭い。

 自分は自分の代でこれを終わりにしたいと考えている。
 だから自分は死んだら散骨してもらうのだ。

 「千の風になって」

 は,墓の存在について考えさせられる歌詞ですな。

 死んだら終わり。供養など大変なことを未来に残すのは反対なのだ。
 
 天皇陛下ですら,火葬及び墓地縮小の流れですからのぉ~
 一般人は更にシンプルにしたいですな。
 
 できれば葬式もしたくないですな。
 今悩んでいるのは「検体」にするかどうか・‥ですな。
 死んだ後自分の体を病院の材料にしてもらうのだ。
 いつ返されるか分からないが故に葬式はできない。
・・・返ってこないとなると散骨してもらえない。
 
  骨は海に撒いてもらうのだ。
  海外へ行き放題ですぞ。
  
 
 あくまでも自分の意見であって,人にどうこう勧めるつもりもないし
 伝統的な宗教形態を否定するつもりは全く無いということをお含み頂きたい。

 ということで。

 
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鏡音リンとレンを使って曲を作っています。ピアプロで歌詞募集をさせて頂いたり,ニコニコ動画に動画などを投稿しています。海外旅行に行くのも好きです。

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